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東京高等裁判所 昭和38年(う)1549号 判決 1963年11月26日

控訴人 被告人 馬場靖夫

弁護人 後藤昌次郎

検察官 中村次郎

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人後藤昌次郎および被告人からそれぞれ差し出した控訴趣意書に記載してあるとおりであるから、いずれもこれを引用し、これらに対して当裁判所は、次のように判断をする。

弁護人の論旨第三点について

所論は、警察官に対する交通事故の報告義務を定めた道路交通法第七二条第一項後段の規定は、いわゆる黙秘権を保障する憲法第三八条第一項に違反する無効なものであり、また、右道路交通法第七二条第一項後段を適用処断した原判決も憲法第三八条第一項に違反するものであるというのである。

しかし、道路交通法は、道路における危険を防止し、その他交通の安全と円滑を図ることを目的とするものであり、同法第七二条第一項は、車両等の交通による人の死傷又は物の損壊があつたときは、当該車両等の運転者その他の乗務員は、直ちに車両等の運転を停止して、負傷者を救護し、道路における危険を防止する等必要な措置を講じなければならない。この場合において、当該車両等の運転者は、警察官が現場にいるときは当該警察官に、警察官が現場にいないときは直ちにもよりの警察署の警察官に当該交通事故が発生した日時及び場所、当該交通事故における死傷者の数及び負傷者の負傷の程度竝びに損壊した物及びその損壊の程度竝びに当該交通事故について講じた措置を報告しなければならないと規定し、右法の目的に鑑みるときは、同条項は、警察官をして、速に、交通事故の発生を知り、被害者の救護、交通の秩序の回復につき適切な措置をとらしめ、もつて道路における危険とこれによる被害の増大とを防止し、交通の安全を図る等のため必要かつ合理的な規定として是認せられ、しかも、右条項が規定する報告すべき事項からすれば、右運転者等は、警察官が交通事故に対する前叙の処理を為すにつき必要な限度においてのみ右報告義務を負担するに過ぎないのであつて、それ以上に、刑事責任を問われる虞のある事故の原因その他の事項までも右報告義務ある事項中に含まれるものとは解せられない。また、いわゆる黙秘権を規定した憲法第三八条第一項の法意は、何人も自己が刑事上の責任を問われる虞ある事項について供述を強要されないことを保障したものと解すべきことは、最高裁判所の判例(昭和二七年(あ)第八三八号、昭和三二年二月二〇日大法廷判決)とするところである。従つて、道路交通法第七二条第一項により前叙の報告を命ずることは、憲法第三八条第一項にいう自己に不利益な供述の強要にあたらないから、右道路交通法第七二条第一項後段は憲法第三八条第一項に違反しないし、また、道路交通法第七二条第一項後段を適用処断した原判決も憲法第三八条第一項に違反しないものというべきであるから、論旨は理由がない。

(その余の判決理由は省略する)

(裁判長判事 加納駿平 判事 河本文夫 判事 清水春三)

弁護人の控訴趣意第三点

原判決は、道路交通法第七二条一項を適用しているが、同条項、特に警察に対する報告義務を定めた第一項後段は、黙秘権を保障する憲法第三八条一項に違反して無効である。憲法は「何人も自己に不利益な供述を強要されない」と規定している。道交法第七二条一項後段は自分がその運転者等であることを前提にして事故が発生した日時場所、当該交通事故における死傷者の数及び負傷者の負傷の程度等を報告せしめるものであつて、その内容は罪体及び罪体と被疑者とのつながりを含み不利益な事項である轢き逃げを取締るためには、情状悪質として量刑を重くすべきであつて、憲法に違反する立法とその適用によつてこれをなすべきではない。原判決は憲法に違反する法律を適用したもので破棄を免れない。

(その余の控訴趣意は省略する。)

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